歌に重ねて

「古典って、恋の歌が多いですね」
沢村が教科書に目を落としながらそうつぶやく。
クリスの野球講義の受講を課されたせいで学業が疎かになっては話にならないと、沢村は時折クリスに勉強を見てもらう事がある。
「そうだな。日本の古典だけじゃない。海外の古典もだな」
「ほんとだ、ロミオとジュリエットとか俺でも知ってるけど恋愛話ですね」
「いつの時代も人気のある題材なんだ。人の心を強く突き動かすからな」
「しのぶれど、いろにでにけり……か」
柄にもなく和歌の一説を口にする沢村のその表情でクリスは事情を察する。
「お前は恋をしてるんだな」
「え、え!」
クリスの指摘に思い切り動揺している沢村。
状況証拠だけで完全に察しがついてしまうのに隠し通せると思っていたのだろうか。
「忍ぶ恋のつもりならもう少し状況を考えてから想うといいぞ」
裏表のない沢村の事なので想い人が誰かまではわからない。
だが、歌に想いを重ねる程度には深く思っているのだろう。
ならばひとつ、かけるべき言葉がある。
「それと、恋の歌に想いを重ねるだけで終わるなよ。伝える事を忘れるな」
恋をすればそれを題材にしたものに自分を重ねる事もある。
だがそれだけでは相手には伝わらない。
想いは伝えなければ関係を進める事など出来ない。
何も伝えずに沢村と行き違った経験からクリスが学んだ事だ。
「お、思いっきり忍べてるじゃないですか!」
恋路の後押しをしたつもりなのだが、沢村から返って来たのは同意でも反意でもない。
不満げな、抗議といってもいい言葉と声。
「恋をしているのは丸わかりだぞ?」
「それは忍べてないかもだけど、相手ですよ! 俺がクリス先輩に恋してるのは何一つバレてないじゃないですか!」
「沢村……」
沢村の反論に対してクリスが真っ先に思ったのは、結局忍べていない点に対する指摘だった。
「今ばれたぞ。盛大に」
「こ、これはクリス先輩が伝えろって言ったから!」
「お前の告白は斬新だな」
なんとか取り繕おうとする沢村をクリスはばっさり切って捨てる。
「もういいです! 忍べてなくても! 好きですよ! 俺はクリス先輩が好きです!」
何も良い思い付きがなかったのだろう。
忍ぶ点について白旗を上げ、開き直った沢村が想いを告げる。
「俺がか?」
「そうですよ! 相手がクリス先輩でなきゃ勉強なんて逃げてます!」
「そうか……そうか」
考えてみると、思い当たる節はないでもない。
いざ講義に入ってしまえば真剣だが、いつも沢村は楽しそうにやって来ていた覚えがある。
声をかければ最優先で反応されていた覚えがある。
「どうやらお前は十分忍べていたようだな」
裏表がない故に、自分に特別な想いを寄せられているとは思えなかった。
それも忍ぶ恋と言っていいのかもしれないと思い、クリスは先ほどの自信の言葉を翻す。
「あれ、忍べてました?」
「ああ。だがお前は隠し事には向かないからな?」
変に自信をつけて見え見えの腹芸をされても困るので、釘を刺しつつ沢村の忍ぶ恋を認める。
「それは、はい。相手はともかく、ばれちゃいましたし」
「それでだな、学校の勉強はここまでにしないか。雑学を少しやろう」
「雑学?」
「ああ。俺の知ってる範囲で恋の歌を色々と教えてやる。ゆっくり話そう」
間の抜けた状況になってしまった告白を少し軌道修正しようと、クリスは机にある教科書を取ろうと立ち上がる。
英語に古典とあまり楽しくもなさそうなそれを携えて戻っても嬉しそうな顔の沢村に特別を感じて、温かい気持になる。
そんな想いを歌に重ねて少しずつ混ぜ込みながら、最後にきちんと伝えようとクリス思う。
忍ぶ恋に気付かなかった罪滅ぼしに少しでも雰囲気のある返事をするのも悪くない。


恋の和歌に自分を重ねるって、沢村がやったら似合わないだろうなあと思ったのが始まり。
朴念仁クリス先輩がマイブームだったせいかまた今回もクリス先輩は鈍感ですなあ。


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