Chivalry


少し遠めのスポーツショップに川上と倉持で買い出しに行った帰り。
他の部員の買い物も請け合った結果の大荷物に両手をふさがれながら二人は電車に揺られる。
「混んで来たな」
「もう夕方だから帰る人増えて来たんだろーな」
少し窮屈になってきた車内でそんな言葉を交わす。
「ノリ、もうちょっとこっちきとけ。はぐれる」
はぐれても帰る先は同じなので困らないのはわかっているが、なんとなく一緒の方がいい気がして倉持は川上を呼ぶ。
「わかった」
「あー……荷物つぶれて困るもんじゃなくて良かったな」
自分でそうするよう言ったくせに、数歩近付いた距離が落ち着かなくて川上から視線を外し感想のようなものを口にする。
川上は気付いた様子もなくそうだなと応じて、他愛ない事を離しながら増え続ける乗客に耐えていた。
かなりの乗車率になってしばらくの後、川上の顔色がよくない事に倉持は気付いた。
「ノリ、顔色悪いぞ」
人酔いでもしたかと声をかけると川上は倉持に顔を近付け、助けてくれと弱々しく告げた。
「どうした?」
この混み具合に助けを求める言葉。なんとなく想像はついた。
頭の中で対応を考え始めながら念のため確認を取る。
「痴漢、っぽい」
男である自分が痴漢の標的になるなど信じられない思いが強いのだろう。
川上の答えは断定するものではなかった。
しかし表情が不快と恐怖に溢れているため、そう考えるのが妥当な触れ方をされているのは簡単に見て取れる。
「片手分だけ俺の荷物も頼む」
手を動かせるだけのスペースはあったので、利き手の荷物を川上に預けようと差し出す。
「倉持?」
荷物の持ち手を受け取りながら不安そうに倉持を見る川上。
「暴力沙汰にはしねえ。ただちょっときついかもな。悪いけど我慢してくれ」
そう言って空いた手を川上の腰に回して抱き寄せる。
体の位置が動いた事で出来た、先ほどまで川上の尻があった隙間に軽く手刀を落とす。
手ごたえと、当たった犯人らしき手が引かれる感覚があった。
「牽制しといた。ケツの辺り手でガードしとくから当たったらごめんな」
「倉持は痴漢じゃないから。ありがとな。助かった」
手が離れて安心したのか川上が深々とため息をつく。
「前も触られないようにしばらく俺にくっついとけ。痴漢よりマシだろ」
「悪い」
抱き寄せた時の体勢を崩さないように言うと申し訳なさそうな声が返ってくる。
「気にすんな」
少し近いだけでも落ち着かなかった自分はどこへやら。
川上を守るという意識が体の接触さえ平気にさせる。
その後は特に不穏な動きもなく、無事降りる駅に到着した。
川上を少し休ませてから帰りたかったが、駅周辺は混雑していて適さなかったので様子に気を配りながらの帰り道。
「本当に平気か?」
「心配しすぎだって。何回目だよ」
倉持が川上に声をかけると、苦笑が返ってきた。
「男怖くなったりするかも知れねーだろ。俺ら周り男だらけなのに。だから心配すんだよ」
今回の件が原因で男を怖がるようになれば、現状は川上にとって辛い環境になる。
それが心配だった。
戦力としてはもちろんだし、個人的にも。
「そうか……なら、いいんだけどよ」
信頼が崩れるほどのショックを受けたわけではないのだとわかって安心する。
しかし、同時に倉持の心に陰が差す。
はぐれないようにという理由があったとしても離れたくなかった自分。
距離が近いだけで落ち着かない自分。
それは川上の言うそういううのとは違う、から外れているかもしれない。
自分だけは信頼に足る存在ではない。
そう思うと、気持ちが沈んだ。
「なあ……」
これを告げればきっと更に気持ちは沈む。
でも、言っておかなくてはいけない。
川上が何も知らないままで、いつか裏切られたと思わせてしまったらそちらの方が傷は深い。
「俺はノリが嫌なそういうの、かも知れねえぞ」
たとえこのまま拒絶されてもこれも川上を守る事の一環だから。
先ほど電車内で思った川上を守る意思だけは、貫き通す。
「脅すなよ」
本気だとは受け取られていないのか、困ったような顔で川上が笑う。
「マジだって。お前気付いてないだけで、俺はさっきくっついてたの嬉しかったし」
実際は他の事など考える余裕もないほど周囲を警戒していたが、倉持は敢えて嘘を告げる。
早く気付いてもらわなくては。川上の周りで、自分だけは危険かもしれないと。
「嘘だ。下心あったら、あんなに俺の周りばっか見てない」
「でも俺はお前と買い出し嬉しかったし」
なんとか信頼を裏切ろうと自分に下心があったと伝わるように告げる。
これは嘘ではない。
単純に嬉しかっただけで下心はなかったが、それは隠していたのだと言えば乗り切れる。
「うーん……うまく言えないけどさ、倉持なら下心あっても平気な気がする」
川上はそんな倉持の必死な思惑をあっさりと吹き飛ばす。
「なんでだよ。さっきの怖かったんだろ?」
「だってさっきのはなんていうか……俺の意思なんかどうでもよかったけど、倉持は違うだろ」
「そんな信頼すんな。裏切りたくねえんだよ」
たとえ不純な思いがあっても守る意思は本物だから。
だからほんの少しでも傷つけたくない。
それなのにその思いを無視するように信頼してくる川上が本当は嬉しい。
「大丈夫だって。下心あるのはもうわかったから裏切る心配なんかしなくていいよ」
嬉しい気持ちをくみ取ったかのように川上が言う。
多分何を言っても川上の信頼は揺らがないのだろう。
それならばもう、これ以上言葉を重ねるのは無意味。
「あーっ、もう知らねえ! いつか後悔しても知らねえからな!」
裏切らない努力はもちろんするが、いつか本当に裏切ってしまう日が来るまで守り続けるのみ。
覚悟しろ、と言葉を投げつけて倉持は足を速める。
「あ、おいてくな!」
笑って追いついてくる川上にこちらも笑って、また並んで歩く。
少しだけ変わったお互いの認識は、それでもまだ関係を変えない。



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