ねこずし

御沢本チラ見せ

「なあ倉持、テスト対策どうしたらいいと思う？」
　スコアブックを難しい顔で睨んでいた御幸は、何か気になる事でもあるのかと声をかけようとした倉持に尋ねる。
倉持は思い切り不快げな顔をした。
「嫌味か。お前そこまでひどくねえだろ」
「俺じゃなくて沢村と降谷。他の一年が面倒見てくれるっていってもレベル差ありすぎるとそいつらが自分の勉強できなくなるし」
　一学期のテスト前はひどかったと聞く。三年生が引退した今、現一年生も大切な戦力だ。
あまり負担をかけて野球に悪影響が出るのは避けたい。
「俺はやらねえぞ」
「速攻で予防線張るなよ。同室の先輩としてせめて沢村だけでも」
　倉持に協力を呼びかけようとした瞬間に拒否されて、苦笑しながらも一押しする。
「人に教えてられるほど余裕ねえんだよ。俺が面倒見てもらいてえぐらいだ」
　しかし苦い顔で断られる。そうそう上手く事は運ばないとわかってはいるので御幸に落胆はない。
「そうか……じゃあやっぱ今から長期計画で勉強会やってくしかないか」
「勉強会？」
「そ。有志募って毎日ちょっとずつ。倉持も余裕ないなら参加しろよ」
「なんでだよ」
　教える側で参加させられるかと思ったのだろう。渋い顔をする倉持に説明する。
「にぎやかし。勉強する場って空気作るのも大切だからな。他にも人集めるから、そいつらと教え合って自分の勉強してろ」
　周りが勉強していれば参加している者は勉強しなくてはならない気になる。
その状況を作るために、勉強が必要な者は立派に有用な人材だ。
「あー、いいかもな。監督に許可取りに行こうぜ」
「おう。下準備だけしといて許可取れ次第発表して始めるぞ」
　倉持の賛同を得られて、人集めは可能だと判断した御幸は、実行に移すべく必要な事を手近な紙に書き出していく。
こうして、特に一部に向けた学力強化計画は始まる。
?
　倉持に案を聞いてもらってから数日。
余裕のありそうな部員に声をかけて参加の承諾を得るとともに話を煮詰め、監督に許可を得た御幸は朝練で全員が集まった所で計画を発表した。
　夕食後に毎日三十分間、食堂で勉強会を行う事。
自由参加だが一軍に既に在籍しているか、目指していて追試や補習の不安がある者は極力参加する事。
基本的には自習の形を取るが、教えられる程度に理解度のある者の参加を取り付けているため、わからなければ頼ってもいいという事。
その他細かな方針は実践しながら決定していくと伝えての初日。
勉強会は御幸が思っていたよりも賑わっていた。
「これ、大体半分ぐらいいるな……二割参加すりゃ上出来だと思ってたのに」
　勉強会ゆえ騒がしくはないが、共に頑張っているという意識があるからだろうか。
皆やる気を見せて取り組んでいる。
この勉強会の本当の対象者である沢村と降谷も、周りの協力を得ながらしっかり勉強に取り組んでいるようだ。
これが続けば二人の試験結果も向上されるだろう。
「よしよし。じゃ、俺も参加するか」
　満足げに頷いて、御幸は二年生グループのテーブルに着く。
毎日少しずつの長期計画だからと設定した三十分は実際に体験してみると物足りなさを感じさせ、向学心を育てるにもいいかもしれないと、副産物にも手ごたえを感じさせる初日となった。
　と、上々の滑り出しに満足げな御幸が自主練に向かおうというところに背後から駆け寄る足音。
振り返ると沢村がいた。
「お、どうした？練習付き合ってほしいのか？」
　目が合った途端に視線を外して、また合わせてと落ち着かない沢村に何か言いたい事でもあるのかと水を向ける。
「あ、あの、勉強会！」
「ん？ああ、ちゃんと参加してたな。頑張れよ」
「わかってる。そうじゃなくて、あれ、本当は俺達のためなんじゃないかって……」
　眉を下げてそう言う沢村。勉強会の意図に気付くくらいに自覚があるのは良い事だ。御幸は笑みを浮かべて頷いた。
「まあ、気付くか。で、何？お礼でも言いに来た？」
「うん。ありがとうございます」
　沢村が深々と頭を下げる。
普段は自分に対して敬意の感じられない態度を取る後輩がしおらしいのは面白いのだが、完全に善意だと思われると少しつつきたくなってしまう。
「お前ちょっとは裏を疑わないと将来騙されるぞ？」
「裏あるのか？」
　沢村の目にわずかな警戒の色が宿り、御幸の口角が上がる。
この誘導のしやすさが面白い。
「そうだなー、セッティングの見返り要求したりするかもな」
　裏の意図などなく単純に戦力の低下を懸念してだが、善人とみなされると窮屈なので御幸はにやにやと笑う。
「出来る範囲で払う！」
　しかし、目の前の沢村は時折見せる肝の据わり方をここで発揮して来た。
悪態をついて去っていくだろうと思っていたのにこの態度は少々面倒だ。
　ならばする事は逃げ出したくなるような要求を突き付けるのみ。
それで善性を期待されて息苦しくなることはないはずだ。
「じゃあ、キスさせろって言われたらどうする？」
　真剣に見えるように表情を引き締めて。
本気に見えるように沢村の目を真っ直ぐ見つめて言う。

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