役目の裏で


夕食後の食休み。食堂は今日も喧騒に包まれている。
「そうか、吹奏楽の奴らもうすぐ大会なのか」
「ああ、頑張ってるらしい」
川上が仲のいい吹奏楽部員から聞いた話を倉持と御幸にしている。
「応援で世話になったしなんかしてえな」
彼等の活動は応援をする事が主目的ではない。
もはや伝統で今更感謝をする事でもないのかもしれないが、何か返したいと倉持は思った。
「そうだな」
御幸もそう思ったらしく少し考え込むそぶりを見せてしばらくの後、口を開いた。
「ノリ、女装しねえ?」
「はい?」
脈絡のない御幸の言葉に思わず聞き返す倉持。
妙な提案をされた川上は驚いた顔でしばらく無言だったが、すぐに平常心を取り戻す。
「俺の女装じゃ吹奏楽部は得しないぞ」
御幸の発想が斜め上を行くのはいつもの事。まともに取り合う必要はない。
青道野球部内どころか青道高校全体の常識である。
「違う違う。女装で得してもらうんじゃなくて、俺らで応援団やるんだよ。んでノリはチア衣装」
なぜ川上を女装させるのか根拠を全く示さず話を進めようとする御幸。
これはまずい流れだと少し遅れて我に返った倉持は感じる。
うっかりいつもの調子で流してしまうと川上の女装が成立してしまう。
それはそれで見たいと思いかけて自制しているうちに川上が御幸の対応に回っていた。
「待て、俺にも学ランを着せろ」
「全員応援団じゃ華がないじゃん」
「女子に頼めよ」
華を求めて女装させられたのではたまったものではない。
御幸に通じるかわからないが常識的な意見を返してみる。
「俺の頼みを聞いてくれる女子がいると思うか?」
「そうだお前御幸だった……」
あまりの常識の通じなさに川上は軽く頭を抱える。
「倉持は? 頼めそうな女子いないか?」
御幸は早々に諦めて常識の通じそうな倉持に水を向けるが難しい顔をされた。
「俺は御幸係だから同情してくれる奴はいると思うけどチアとなると……」
御幸の面倒をみなければいけない立場で校内の同情を集めている倉持とはいえ、チア衣装着用を頼める女子はそうそう見つけられないだろう。
「確かに。女子にあのカッコしてくれって頼むと軽く変態だな」
「だろ? だからノリが女装すれば丸く収まる!」
「男に頼むのはもっと変態だこの御幸!」
川上がどうしたら御幸にブレーキがかけられるか考え込んだ所でさらに加速する御幸。
罵倒とともに思わず手が出た倉持に御幸は唇を尖らせて言う。
「えー、倉持だってノリのチアがいいだろー?」
しばし倉持の時が止まる。
「倉持?」
どうしたのかと川上が声をかけるとはっとした顔をして倉持は口を開いた。
「チアなしでやるぞ」
「なんでだよー。華ないの俺やだー」
「華より名誉だ!」
不満げな御幸を突っぱねて、話を打ち切るために倉持は席を立つ。
「ゾノ、吹奏楽部が大会近いらしいから俺らで応援団やろうぜ、学ラン着て!」
そして御幸に口をはさむ暇を与えず話を進める。
御幸を徹底的にシャットアウトして応援団計画は成立した。

「ふー……よくやった俺」
話をある程度詰めて後はまた翌日となったので倉持は外に出て深々とため息をつく。
御幸が自分を川上の女装を望む者仲間に引き入れようとした所からの回避行動はなかなかのものだった。
守ろうとした名誉は野球部のものでも川上のものでもなく、倉持自身のもの。
川上の女装に興味がないわけではなかったが、それを堂々と望めるほど倉持は自分を捨ててはいない。
「あー、御幸マジこええ」
そんな戦いを経て思うのは平然と女装させようとする御幸の恐ろしさ。
普通の人間は仮に思いついたとしても言わない。言えない。
「本当あいつ怖いよな」
「川上……」
呟きに同意が返って来て声の方を見れば一番の被害者がいた。
「常識にとらわれない奴は危険だ」
「あいつが逮捕されないように頑張ってくれよ御幸係」
「そこまではさすがに嫌だ」
からかうような声音で言われて倉持は深々とため息をつく。
「じゃあ俺だけ守ってくれたらいいや」
そんな倉持に川上は笑ってそう言う。
「まあお前一人ぐらいなら」
本当は二つ返事で応じたい。
しかし御幸のブレーキ役に慣れた倉持には、そんなわずかな羽目の外し方さえまずい事に思えてしまう。
「さっきも守ってくれたしな。感謝してる」
気持ちを抑えて答えると、川上が先ほどの礼を言ってくる。
倉持が本当に守ったものを知らないその言葉に後ろめたさを感じて思わず謝る。
「……悪い」
「何が?」
「言えねえけど謝らせてくれ」
「変な奴。倉持はいつも大変なんだから気にしすぎるなよ」
あくまで優しい川上が心苦しくて倉持はさらに謝罪を重ねる。
その優しさに甘えて、思いのままに行動してしまった時が怖くて。
「いつか羽目外したらごめんな」
「平気だ。多分それでも御幸以上にはならないから」
「ならないか?」
「ならない。あいつは色んな意味で規格外だから」
自信たっぷりに言う川上に倉持は少しだけ思う。
御幸をある程度野放しにして川上の奇行に対するハードルが下がるとしたら、と。
そしていつか触れても許されるくらいになったら。
「俺の方が危険になる可能性もあるな……」
御幸を超えるやばい生き物になる。
そう考えればまだかなりの間、自制する事ができそうだと倉持は少しほっとした。



ごめんなさい私女装ネタ大好きです。


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理