日もだいぶ傾きうす暗くなり始めた頃、青道高校野球部も部活全体としての練習を終える。
「お疲れさまでした!」
グラウンドに挨拶の声が響き、部員たちはばらばらと散っていく。
しかしそれはほとんどが帰るためではなく、自主練習のためである。
設備は一軍が優先的に使えるように譲っているが、その他は早い者勝ちなので空きを確保するために走る者が多い。
そんなチームメイトを横目にクリスは一足先に寮へと戻る。
自分の練習をする気がないわけではない。
しかし自分の練習と同じくらい大切な一年生投手の指導がある。
未熟な彼らのためにする事は思った以上に多く、その中には野球の講義も含まれているため、寮に戻っての準備は必須だ。
勉強が苦手な後輩がなるべくわかりやすく頭に入りやすいよう説明するために。

「ここまででいいか」
区切りの良い所で切り上げて時計を見ると、夕食まで少し時間があった。
軽く走っておこうとクリスは部屋を出る。
自主練をしていた部員たちは少しずつ食堂に流れ始めた頃で、何人もとすれ違う。
「あっ、クリス先輩!」
グラウンドにつくとその姿を見つけた後輩、沢村が駆け寄ってきた。
「どうしたんすか? もうすぐメシなのに」
「まだ少しあるから走ろうと思ってな」
「一緒に走ってもいいっすか?」
目を輝かせてそう聞いてくる沢村。
期待に満ちたその顔が散歩に出る犬のようで、自然とクリスの顔には笑みが浮かぶ。
「いいぞ。軽くだからオーバーワークにはならないだろう」
「やった! さっそく走りましょう!」
「何がそんなに嬉しいんだ……」
あまりに嬉しそうにするのでつい呆れたような反応になってしまうが、沢村に懐かれるのは悪くないとクリスは思っている。
まっすぐな信頼を寄せてくる、手はかかるが可愛い後輩だ。
ひそかに後輩に対するもの以上の想いも抱いている。
「走るだけだけどクリス先輩と一緒に練習できるんすよ? 嬉しいに決まってるじゃないですか!」
「そうか」
短く答えてクリスは走るぞ、と沢村の背中を軽く押す。
好かれて嬉しくはあるのだが沢村の態度は好意が伝わりすぎる。先輩に対するもの以上の想いを期待してしまうほどに。
それが気恥ずかしい。
しかしもっと好意的な反応をしないとそのうち寄って来なくなってしまうだろうか。
恥ずかしいのは困るが、それは嫌だとも思う。
「沢村」
「なんですか?」
「たまに一緒に走るか?」
嫌だと思うから、少しだけ頑張ってみた。
反応はクリスの予想した通り。元気よく答えてきた。
「はいっ! 喜んで!」
走りながらの会話だがペースは緩いので呼吸のリズムはさほど乱れない。
それをいい事に沢村がクリスに話しかけてくる。
走ろうと誘われてよほど嬉しかったらしい。
「クリス先輩は肩、どうなんですか?」
「まだ完治ではないな。リハビリにも行ってる。野球講義がない日は大体それだ」
「そうだったんですか。お父さんは元気っすか?」
「ああ」
クリスが短く答えて二人の間に沈黙が落ちる。
わずかな間だったが、クリスは自分の反応を素っ気なさすぎたかと省みて沢村に誘いをかける。
「良かったら会いに来るか?」
沢村のようにはいかなくとも、せめていくらかでも親愛を示せるように。
「いや、会うと失礼な事しそうなんで……」
「そういえば初対面がひどかったな」
思い出して苦笑するクリスに沢村はすみません、と恥ずかしそうに謝る。
「いいさ。親父もきっとそんなに気にしてない」
父も沢村も同じ野球を愛する者。本当に嫌いあう事はないだろう。
そう考えて、父の心情はわからないがフォローする。
「もう一周したらダウンやって終わるぞ。夕食だ」
「はい!」
最期の一周もその後のクールダウンもクリスにはやたら短時間で終わったように感じられた。
それは間違いなく沢村がいるからで、こうも違うものかとおかしくさえある。
「お前といるのはいいな」
「いきなり何を!」
沢村に笑いかけると思い切り驚かれた。
「言葉通りだ。お前とならいくらでも走ってられる気がするよ」
こんな言葉は似合わないかと思いつつ、珍しく二人だけなのだから言ってしまおうと想いを口にする。
「クリス先輩……」
「ちょっと待ったー!」
驚いた顔でクリスを見上げ、その後にはにかみながらも嬉しげに沢村が言葉を続けようとした所で待ったがかかる。
「クリス先輩、晩飯早く済ませないと野球講義に差し支えますよ」
沢村との間に割って入ってくるのは一軍正捕手の御幸。
「席取ってあるから行こう」
「お、悪い。クリス先輩、行きましょう!」
沢村を促して食堂へと向かわせるのはもう一人の一年生投手、降谷。
二人とも平静を装ってはいるが呼吸がわずかに乱れている。
走って来たのは明白だった。
そして、そこまでして来た理由にも察しが付く。
「お前たちもか」
「そういう事です」
御幸はそう答えると今度は沢村と降谷の間に割って入る。
「沢村ー、たまには俺ともメシ食おうぜ」
「今度は何企んでやがる!」
「可愛い後輩と楽しく食事したいだけだって」
「一年生同士の交流の方が大切なんで諦めて下さい」
沢村に絡むも早速降谷に阻まれる御幸。
先ほどの連携は共通の敵を前にした一次的な共同戦線のようだ。
沢村の隣を取り合っている二人は放っておいて、クリスは空いている沢村のもう片側に並びかける。
「そういう事なら三年に譲るべきじゃないか?」
「俺クリス先輩なら大歓迎です!」
「決まりだな」
御幸と降谷にそう言うとさりげなく沢村の背に手を添える。
敵が二人もいるとなれば、アドバンテージに甘えるわけにはいかない。
少しと言わず、本気で頑張っていくべきだとクリスは決意を新たにした。



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