母校へ差し入れと激励に行った日。
「おーいノリ! 東さん帰るから見送るぞー!」
東が少しだけ特別な激励をした後輩が同級生から呼ばれてこちらへ駆けて来る。
その言葉が気になってしまったのが、事の発端。

「先輩やし、俺もそう呼んでもおかしくないな」
走り込みを続けながら東はそう自分に言い聞かせる。
激励で後輩、川上憲史がどうでもいい存在でないというのは印象付けられたと思うのだが、
やはり高校時代に怒鳴りすぎたせいかまだ気後れされている気がする。
「そうや。頻繁に会えへん分、そういうとこで距離縮めていかな!」
豪快な振る舞いをするためわかりづらいのだが、気の弱い川上がやっていけているかどうか、実は心配で仕方ないのだ。
先輩として育て切れなかった精神面を、せめて相談相手として支えてやりたい。
そのためにはまず川上が頼りやすいように、近い存在になる事が必要だ。
取っ掛かりとして、この前高校に行った時に聞いた川上の呼び方を取り入れてみよう。
そう思う東なのだが、生活が違いすぎて顔を合わせるチャンスすらない。
「なんであの時携帯聞かんかったんじゃ俺ー!」
段々と大きくなっていた独り言はついに吠える所まで達して、コーチにうるさいと叱られる。
それでも、走りながら大声を出せるほど余裕が出てきたかと成長を喜ばれもしてふと思いついた。
「そのうちロードワークでどのくらいスタミナついたか試してみたい思うんですが……」
東がいる寮から青道高校まで。走って走れない距離ではない。
目的地の指針に高校を設定し、自主トレとしてでも認められたら堂々と行く事が出来る。
渋い顔はされたがダイエットが至上命題の東だ。
走る意欲を保つためならと、チームとしての練習がない日で行く事を届け出るという条件で許可を得た。
「よっしゃ! 待っとれよ川上! あ、ノリ!」
喜びを噛みしめながら再び走っていたが我慢できず叫び、またうるさいと叱られた。

そして、数日の我慢の後ようやく訪れたオフの日。
早起きをして東はすべき事を確認する。
「まず携帯や。持っとるな。よし。あと呼び方は自然に呼んだらええか」
相手は後輩なのだから先輩権限で強行してしまえばいい。それでも柄にもなく緊張してしまう。
大した事をするわけではない。高校時代に出来なかった事という「忘れ物」を取りに行くだけだ。
でもそれは思ったよりも大切なものなのだろう。だからこんなに緊張する。
「平気や。かわか……ちゃう、ノリは俺が怒鳴った意図もわかっとった。顔見たらわかる」
言い聞かせながら思い出す。激励した時の川上のしっかりした返事を。
信頼関係は高校時代からきっとあった。そう信じられる声だった。
「もう応援しかできへんのや。応援する側がしっかりせんでどうする」
顔を両手で叩いて気合を入れる。
自分は先輩なのだ。後輩のためになる事なら尻込みする必要はない。
そう決意して外へ出る。朝の静けさと温度の低い空気に緊張は落ち着き静かな闘志へと変わる。
青道高校へ一歩進む毎に、いつもの自分になっていくのを感じながら東は走る。

「はっ、はっ……着いた。意外に走れるもんやな」
ロードワークでもあるのでペースもそれなりに速かったのだが体はまだ限界には達していない。
ダイエットの効果もあるのかも知れないと東の機嫌が上向く。
「都合よくかわ……ノリがが出てきたりせえへんかな」
朝の青道高校グラウンドには何人かの走る影がある。
その中にいないかと息を整えがてら東はグラウンドの入口に佇んでみた。
「あ、メタボリック先輩!」
別の投手が引っ掛かった。
「お前その呼び方やめえ!」
「すいません!」
「沢村あんまり騒ぐと近所迷惑……東さん?」
「川上!」
失礼な後輩を叱りつけていると、ここに来た目的がやって来た。
沢村を叱る方に意識が向いていたため反射的に今までの呼び方が出てしまう。
「すいません川上先輩。んじゃ東先輩、失礼しやす!」
ぺこりと頭を下げて去っていく沢村を少し困った顔で見送りながら川上が聞く。
「今日はランニングですか?」
「お、おう。スタミナどのくらいついたか思うてな、ロードワークや」
「寮って結構遠かったんじゃ?」
「そやな。自分でも思ったより走れて驚いとる。お前も自主トレやろ? 朝練前やし。偉いやないか」
川上が自然に話しかけてきたため呼び方の失敗を気にする思いは薄れていく。
そして話しながら次のチャンスをうかがう事にした。
「いや、このくらいは……」
「あかん、あかんで! お前はそうやって謙遜しすぎるとこがあかん!」
褒められても大した事ではないと言おうとする川上を遮る東。
ここは、チャンスだ。こういう所を少しでも変えるために来たのだから。
「俺が時々喝入れたる! お前の携帯教えろや!」
言えた事に心の中でガッツポーズをしつつポケットから携帯電話を取り出す。
「あ、ありがとうございます。でも俺今携帯持ってないんで、口で言っても大丈夫ですか?」
済まなそうに言う川上。こういう所の丁寧さは東にとって正直好ましい。
「ちょっと待て」
携帯を操作して川上の名前を登録してふと手を止める。
川上と入れた名前をノリに変えてから、言われるままに入力を始めた。
登録を完了させると携帯の画面に「ノリ 登録しました」とメッセージが出る。
名前を変えたのは自分への小さな後押しのため。
携帯の表示をここから切り替えろ、というメッセージにするため。
「よし、ほな行くわ。またな、ノリ!」
一つ頷いて笑ってそう言った。
出会い頭の失敗で難航するかと思っていた新しい呼び方は口にしてみると清々しく、
自分の笑顔がいいものになっているだろうと東は感じる。
「はい! 東さん!」
川上も少し驚いたような顔で東を見た後、嬉しそうに返事をしてくれた。


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