クリ沢本チラ見せ


 二月。
習慣で普段起きている時間に目が覚めるも、すぐに起き出すのがためらわれる程度には寒い。
それでも沢村は身を起こしてベッドの温もりを振り切る。
朝練前の走り込みは入部当初に己に課した義務。
続けていくうちに一日でも欠かせば道が閉ざされてしまうような気さえするほどになっていた。
「気温だと向こうの方がずっと寒いんだけどな……」
 雪国生まれ雪国育ちでも一年近く異なる地にいると体感温度が変わるのか、
外に出るとやはり寒い。
それでも眠っている間浸かっていた快適な温度から飛び出せるのは
寒さに鍛えられていたからだろうなと、沢村は地元で叩き起されていた寒い朝を思って
笑みを浮かべた。
経験と呼べるほど上等なものではないかもしれないが、自分の中に小さくても積み重ねがある。
それが嬉しかった。
「よし、今日もしっかりやるぞ」
 まだ夜の明けきらない薄暗いグラウンドで己の足音を聞き、白い息を吐き、
冷たい空気で肺を驚かせないよう注意しながら息を吸う。
はっきりした頭の中で意識するのはその息の吸い方。
気温が下がってきた頃に受けたアドバイス。
走り始める時はいつもその人の声と言葉を思い出す。そうすれば絶対に疎かにしないからだ。
その人の言葉は一言も漏らさず聞いて絶対に忘れずそれを活かして成長する。
そうする事でしか受けた恩を返せないからだ。
もう間もなく生半な成長ではその意思すら届ける事すら出来なくなる人だからだ。
一心に呼吸を反復していた沢村の唇が、息を吸い込んできゅっと引き結ばれた。
一瞬そうする事でだいぶ慣れたものの、
未だに時折胸を刺す別離の痛みをやり過ごし呼吸は先程までのリズムを取り戻す。
「頑張りますから、頑張ってください。クリス先輩」
離れるのが嫌だと駄々をこねる事はしなかった。
引退と卒業はけじめだ。
それは中学時代に経験しているからわかる。
故郷を発つ時の仲間たちの顔をしっかり覚えているから送られる側の辛さもわかる。
大切だからこそ、送り出さなくてはいけない。
そして沢村が送ろうとしている人は今、受験という試練の中に在る。
確実に自分よりずっと賢いその人でもきっと、受験は大変だ。
だからわがままでいらない負担をかけてはいけない。そう思うから近付かない。
「おはよう。早いな」
そう気遣っていた人がグラウンドに現れた。

悲恋っぽそうに見えるけど違います。いつもどおりです。

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